東京高等裁判所 平成6年(行ケ)42号 判決 1996年8月15日
山形県西村山郡河北町谷地字真木123番地1
原告
青木安全靴製造株式会社
同代表者代表取締役
青木健之助
同訴訟代理人弁護士
藤本博光
同訴訟復代理人弁護士
鈴木正男
東京都文京区本郷3丁目20番1号
被告
株式会社シモン
同代表者代表取締役
利岡信和
同訴訟代理人弁護士
中島茂
同
伊藤圭一
同
柄澤昌樹
同
廣瀬勝一
同訴訟代理人弁理士
松浦恵治
同
唐木貴男
同
長瀬成城
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成2年審判第17998号事件について平成5年12月20日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「安全靴」とする実用新案登録第1823814号(昭和60年8月20日出願、平成元年12月20日出願公告、平成2年7月23日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるが、その後平成3年7月16日本件考案につき訂正審判が請求され(平成3年審判第14157号)、これを認容する審決が確定しているものであるが、原告は、平成2年12月29日被告を被請求人として本件実用新案登録について無効審判の請求をし、平成2年審判第17998号事件として審理された結果、平成5年12月20日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成6年2月7日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
甲皮の内面に裏布を配設し、中底と先芯を設けてなる安全靴において、他の靴底部の厚さより一段と厚く構成される踵部を含む表底の外面を低い発泡率のポリウレタン底とし、その内側の中底までの空間には高い発泡率のポリウレタンを充填して一体に構成しており、前記踵部は大部分を前記高い発泡率のポリウレタンで構成すると共に、該踵部の周囲を前記低い発泡率のポリウレタンで覆い、かつ前記甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなることを特徴とする安全靴(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 請求人(原告)は、「登録第1823814号実用新案の登録を無効とする。」との審決を求め、甲第1号証として「’85安全衛生保護具・機器ガイドブック」昭和59年10月1日、日本労働災害防止推進会発行、4頁(以下「引用例1」という、別紙図面2参照)、甲第2号証として昭和59年特許出願公開第67903号公報(以下「引用例2」という、別紙図面3参照)、甲第3号証として昭和35年特許出願公告第13127号公報(以下「引用例3」という、別紙図面4参照)、甲第5号証として雑誌「スポーツシューズ・ブック」昭和56年1月5日鎌倉書房発行、46頁(以下「引用例4」という、別紙図面5参照)を提出し、本件考案は、引用例1ないし4記載の発明及び技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたものであり、本件実用新案登録は無効とすべきであると述べた。
(3) 引用例1には、安全靴の構造を説明する図面が記載されており、甲皮の内面に裏布が配設され、中底と先芯を有すること、ポリウレタン2重底、すなわちポリウレタンアウトソール(表底)とポリウレタンミッドソール(中間底)を有していること、踵部は他の靴底部の厚さより一段と厚くできていること、踵部の大部分はミッドソールと同一材料で構成されていること、及び踵部の周囲はアウトソールと同一材料で覆われていることが示されている。
引用例2には、ポリウレタンの上部底とポリウレタンの下部底からなる2重底をもった靴(第5図)が記載され、製造の工程において、底材の2層を、ウレタンの硬度や色を変える等の種々の手法が考えられること(3頁左下欄6行ないし12行)が記載されている。
引用例3には、スポンジゴム底を有する履物は、履用感の優れている長所があるが、磨耗し易くかつ裂け易い等の短所があり、屋外用のものは底面に充実ゴムあるいは気泡密度の小さいスポンジゴム等の補強層を設けなければならないこと(1頁左欄6行ないし9行)が記載されている。
引用例4には、発泡率の異なるウレタンを2層構造にしてアッパーと一体成形、弾性、強度、柔軟性を同時に実現したスポーツシューズが記載されている。
(4) 本件考案と引用例1ないし4記載の発明及び技術とを対比すると、本件考案が、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆しているのに対して、引用例1ないし4には、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆することについて具体的な記載がなされておらず、少なくともこの点で、本件考案と引用例1ないし4記載の発明及び技術とは相違する。
請求人は、引用例1には、ミッドソールがアウトソールの上周縁部より上方に突出する格好で甲皮の下部周縁を覆っていることが記載されていると主張している。しかしながら、引用例1の記載を詳しくみると、靴底中央部ではミッドソールをアウトソールの上側に重ねただけの状態であって、ミッドソールが甲皮の下部周縁を薄シート状部で覆った構造にはなっていないことが分かる。また、靴底踵部では、アウトソールが踵部の全表面を覆う状態にあって、ミッドソールが甲皮の下部周縁を覆った構造にはなっていないことが理解できる。
したがって、請求人の主張は採用できない。
一方、本件考案は、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなることを考案の構成に欠くことができない事項の一部として具備していることにより、被覆部材が厚い場合に比べて、歩行の際の抵抗が小さく靴底が容易に曲がり、このような被覆部材があっても歩行の障害とはならず、また甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が防止でき、かつ甲皮の下部周縁からの水の侵入防止を図ることができるという作用効果を奏したものと認められる。
したがって、本件考案は、引用例1ないし4記載の発明及び技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたとすることはできない。
(5) 以上の検討結果から明らかなように、請求人の主張及び挙証によっては、本件考案が実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたとすることはできない。
4 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、(1)ないし(3)は認める、(4)のうち、本件考案と引用例1ないし4記載の発明及び技術との対比、引用例1についての原告(請求人)の主張は認めるが、その余は争う、(5)は争う。
審決は、本件考案の奏する作用効果を誤認し、かつ引用例1記載の技術内容を誤認し、その結果本件考案は引用例1ないし4記載の発明及び技術から当業者がきわめて容易に考案をすることができたとは認められないとの誤った結論を導いたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(作用効果の認定の誤り)
<1> 審決は、本件考案は、引用例1ないし4記載の発明及び技術にはない「歩行の際の抵抗が小さく靴底が容易に曲がり、このような被覆部材があっても歩行の障害とはならず、また甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が防止でき、かつ甲皮の下部周縁からの水の侵入防止を図ることができるという作用効果」を有する「甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆するという構成」からなるものであると認定した。
<2> しかしながら、前記「薄シート状部」は、審決が認定のような作用効果を奏するものではない。
イ、靴底の屈曲を容易にする効果について
靴底の屈曲性について、被告は、「甲皮の下部周縁と靴底上周縁とをポリウレタン樹脂よりなる構成物で両方とも被覆する場合、その構成物が厚手のものであるよりは、薄手のものである方が靴底の屈曲性が向上することは、自明の理である」と主張しているが、靴底の屈曲性は、被告主張の構成物以外の表底、中底、甲皮材料等による影響が殆どであって、薄シート状部の影響は殆どない。
このことは、被告も、「靴全体を丸ごと試験体として使用する場合は、シート状のみならず、甲皮や中敷等の屈曲性も実験結果に影響することになる。たとえば、甲皮の材質、皮の部位、仕上げ程度等はすべて屈曲性に大きな影響を与える」と述べて、原告の主張を認めている。
ロ、剥離防止効果について
被告は、「薄シート状部は、アウトソール上部と中底との空間に高発泡ポリウレタンを充填させ、さらにこれをアウトソール上周縁と甲皮下部周縁との間から突出させて形成されるものであり、アウトソール上周縁と甲皮下部周縁とを一体に構成し、両者を強力に固着する効果を発揮し、以後は、その固着効果が持続することは明らかである」と主張する。
しかしながら、アウトソール上周縁との接着性は、成形工程上、金型の離型剤の影響(吹付け過多の場合は接着力が低下する)があり、また、甲皮下部周縁との接着性は、ポリウレタンと甲皮材との相性(ウレタンと接着しにくい材料、または接着面の起毛不足の場合は接着力が低下する)の影響があるため、強力に固着し、以後は、その固着効果が持続するとは必ずしも断言できない。
次に、被告は、「靴側面の立上り部分は歩行により靴底が屈曲する際にも原形を留めようとする保形力を発揮する。この保形力は靴の立上り部分の構造物の厚さが厚ければ厚いほど強いものになる。この厚さによる保形力の強さが剥離の原因となる。前記立上り部分を薄シート状部とした場合には、この保形力が弱く剥離を生じない」旨主張している。
しかしながら、歩行による靴底及び構造の曲がり応力に追随できずに原形を留めようとする程度の保形力を有する立上り部分の構造物の厚さとは、靴底と同じポリウレタンのものであれば、靴底と同等以上の厚さが必要であるが、この厚さは機能的、デザイン的にも通常使用されない厚さでもある。したがって、ここでいう薄シート状部と比較するには、あまりにも懸け離れており、比較の対象にならない。
また、甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が生じるのは、厚手の構成物の保形力だけが原因ではなく、甲皮の下部周縁とポリウレタン底との接着力が保形力より低い場合に生じるものである。保形力がきわめて弱くても、接着力が低いと、剥離は当然生じることになる。
つまり、薄シート状(何mmであるかは明らかでない)の立上り部分の構造物の靴が剥離防止効果を生じているのではない。
ハ、水の侵入防止効果について
軟らかな樹脂で全体をコーティングした状態にすることは、薄シート状だけができることではなく、それ以外の軟らかな樹脂でも可能であり、本出願前から行われていることで何ら目新しい方法ではない。靴の縫目に施す防止目止剤も同じようなものである。
被告は、「薄シート状部により剥離防止効果が発揮されている限り、水の侵入が防止されることは明らかである」旨主張するが、そうであるとすれば、本件考案の薄シート状部の靴と引用例1記載のような従来の靴との間に剥離防止効果の差が特にないわけであるから、薄シート状部に剥離防止効果があるということはできない。
また、長時間使用した場合は、ポリウレタンの薄シート状では薄くなればなるほど、経時変化(加水分解)によって薄シートの殆どが劣化することになるため、剥離強さの低下が早まり、より剥離し易くなる。長時間使用した場合では、被告の主張とは逆に、薄シート状部の靴の方が、早期に剥離し、水の侵入が早まってくるのである。
<3> 薄シート状部の作用効果として本件考案が挙げる上記作用効果が、薄シート状部がない引用例1記載の靴とほぼ同じ構造をもつ靴と比較した場合、どのように異なるのかを、原告技術開発部において試験を行ったが、その結果は甲第7号証に示すとおりである。この場合、薄シート状の靴は、薄シート状でない靴のミッドソール部分を削って、その高さを3ないし4mm、厚さを3mmとした。
イ、靴底の屈曲を容易にする効果について
薄シート状でない靴と薄シート状の靴とで、両者に殆ど差は認められない。
ロ、剥離防止効果について
薄シート状でない靴が、薄シート状の靴よりも剥離抵抗が高い、つまり剥離防止効果がよりあるという逆の結果を得た。
ハ、水の侵入防止効果について
いずれの場合も水漏れは確認されず、薄シート状の有無は防水性とは無関係であることが判明した。
なお、被告は、原告が実験対象とした試験体について、到底「薄シート状」とはいい難いと主張しているが、厚手、薄手の基準が示されていない。厚さ3mmで厚すぎるというのであれば、何mmであれば本件考案の範囲に入るのかを明確にすべきである。
<4> 原告は、さらに、念のため、薄シート状の厚さが2mm及び1mmの靴と、薄シート状でない靴との確認試験を行ったが、その結果は甲第8号証に示すとおりである。
この実験では、表皮剥離強度と防水性能については、約10万歩歩行した後の状態(爪先部を90°×5万回屈曲)で試験を行い、さらに、新品時と4年間の経時変化をさせた状態(靴を80℃×90%の恒温恒湿槽内に4日間入れる、通常1日は1年間に相当)とを比較した。
イ、靴底の屈曲を容易にする効果について
薄シート状でない靴と薄シート状(2mm、1mm)の靴とも測定結果に差は殆どみられず、薄シート状の有無は屈曲状態に何らの関係もないことが判明した。
ロ、剥離防止効果について
普通状態(新品)では、薄シート状の有無は剥離程度に直接関係ないが、4年間の経時変化させた状態では、薄シート状にした靴の劣化の度合いが大きく、その厚さが2mmよりも1mmの方が劣化の度合いが大きかった。
ハ、水の侵入防止効果について
両者に差はなく、薄シート状の有無は防水性とは関係がなかった。
<5> 以上によって判明するように、薄シート状部の存在は本件考案のような作用効果をもたらすものでは全くなく、まさに薄シート状部は無用の長物である。
したがって、本件考案は、このような薄シート状部を除外した構成で引用例1ないし4記載の発明及び技術と比較すべきである。
そうすれば、本件考案は、引用例1ないし4記載の発明及び技術からきわめて容易に推考できたはずである。
<6> 仮に、本件考案は前記のような作用効果を奏するとしても、薄シート状部の作用効果は、引用例1記載の技術が示す「ミッドソールがアウトソールの上周縁部より上方に突出する格好で靴底の下部周縁を覆っている部分」の作用効果と全く同じであるから、本件考案は、引用例1ないし4記載の発明及び技術からきわめて容易に推考できたものである。
(2) 取消事由2(引用例1記載の技術内容の誤認)
引用例1の「CALTON」と記載された箇所に表示された靴の図(別紙図面2参照)には、確かに踵部におけるアウトソール立上り部分がそのまま甲皮と直接接し、ミッドソール部分が甲皮とアウトソール間から突出する構成が示されていないようにみえるが、これは印刷上の誤りであり、実際はミッドソール部分が甲皮とアウトソール間から突出している。
このことは、アウトソール立上り部分が、そのまま甲皮と直接に接して(接着して)形成することは、現在行われている、(アウトソールを先に成形し、その後アウトソールと中底を含む甲皮との間にミッドソール用のポリウレタンを注入し、甲皮とアウトソールを一体化させるという)2重底靴の成形方法(被告も公知であると認めている方法)としては全く考えられないことからも明らかである。(一度発泡成形したアウトソールを甲皮と接着させるには、接着剤で接着するか、縫糸で縫い付けなければならないが、このような工程を増やすことは論外の方法である。)
引用例1記載の図が印刷の誤りであることは、その図の下の靴の写真をみると、ポリウレタンミッドソールの部材が表底踵の上部にも表れていることからも明らかであるし、引用例1記載の靴と同じ靴の分解写真が掲載されている「セイフティダイジェスト」1984年9月、日本保安用品協会発行(甲第9号証の1)、あるいは同じ靴(原告製造の安全靴カルトン)を原告代理店がカラー写真にして昭和60年4月頃配付した広告ビラ(同号証の2)からも明らかであり、これらと引用例1記載の図面を比較してみれば、ポリウレタンミッドソール部分が踵部の上部に表れていることが分かる。また、引用例1記載の図面のどこが誤って印刷されたのか等の理由について原告代表者の平成7年10月6日付け報告書(甲第10号証)を提出する。
(3) 以上の理由から、引用例1について、ミッドソールが甲皮の下部周縁を覆った構造にはなっていないとした審決の認定判断は誤っており、取り消されるべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
2(1) 取消事由1(作用効果の認定の誤り)について
<1> 本件考案の「薄シート状部」の作用効果について述べる。
イ、靴底の屈曲を容易にする効果について
甲皮の下部周縁と靴底上周縁部とをポリウレタン樹脂よりなる構成物で両方ともに被覆する場合、その構成物が厚手のものであるよりは、薄手のものである方が靴底の屈曲性が向上することは自明の理である。
被覆する構成物の厚みが増すほど、それに比例して屈曲性に対する抵抗値が増すことは、当業者にとって技術常識的に明らかであることはもちろん、一般常識的にも理解し得るところである。
ロ、剥離防止効果について
本件薄シート状部は、軟らかな高発泡率ポリウレタンを、アウトソール(低発泡率ポリウレタン底)上部と中底との空間に充填させ、さらにこれをアウトソール上周縁と甲皮下部周縁との間から突出させて形成される。
したがって、高発泡率ポリウレタンの溶融温度が下がり、凝固、形成される段階で、アウトソール上周縁と甲皮下部周縁とを一体に構成し、両者を強力に固着する効果を発揮し、以後は、その固着効果が持続することは明らかである。
このように、溶融した樹脂を接着させたい物同士の間に流し込んで、最終的に両者を一体化させる方法は、樹脂業界で一般に行われている方法である。
しかしながら、この高発泡率ポリウレタンをアウトソール上周縁と甲皮下部周縁間から突出させて形成される構成物が厚手である場合、せっかくの剥離防止効果が半減してしまう。すなわち、靴側面の立上り部分(本件考案の薄シート状部に相当する)は、歩行により靴底が屈曲する際にも原形を留めようとする保形力を発揮する。この保形力は、当然ながら、靴側面の立上り部分の構造物の厚さが厚ければ厚いほど強い。そのため、靴側面の立上り部分が厚い場合には、この構造物が歩行による靴底、甲皮の曲がり応力に追随できずに原形を留めようとし、この保形力が甲皮の下部周縁とポリウレタン底とを剥離させる原因となる。
したがって、本件考案のごとく、靴底側面の被覆構造物、すなわち靴側面の立上り部分を薄シート状とした場合には、原形を留めようとする保形力がきわめて弱く、歩行による靴底及び甲皮の曲がりに容易に追随でき、剥離現象を生じない。
ハ、水の侵入防止効果について
高発泡率ポリウレタンは溶融された状態から固体の状態に凝固する際に、アウトソール上周縁と甲皮とを強力に固着すると共に、この両者を完全に水密状に被覆する。すなわち、アウトソール上周縁と甲皮の両者について、軟らかな樹脂で全体をコーティングした状態にする。こうした方法は完全に絶縁する必要があるとき等にも用いられる方法であり、水の侵入防止効果が大きいことはいうまでもない。
また、薄シート状部により剥離防止効果が発揮されている限り、水の侵入が防止されることも明らかである。
<2> 以上述べたごとく、本件考案は、中底下部とアウトソール上部とで作られる空間に軟らかなポリウレタンを充填し、さらにこれを甲皮とアウトソール上部との間から突出させて、薄シート状としたことによって、本来のクッション性確保の他に、屈曲容易性の確保、剥離防止効果、水侵入防止効果等を一挙に挙げることを可能とした。
しかるところ、こうした技術は、引用例1ないし4には記載されていない。したがって、引用例1ないし4記載の発明及び技術から本件考案をきわめて容易に推考することはできない。
<3> 原告は、薄シート状部の作用効果について確認のための実験をした結果として甲第7号証を提出する。
しかしながら、原告が実験対象物としている試験体は、シート状部の高さが短く、かつ、シート状部の上方を削り取り、高さを3ないし4mm、厚さを3mm程度の断面で表される構造物としたものであり、到底「薄シート状」とはいい難い。したがって、かかる対象物による実験結果はそもそも「薄シート状部」の作用効果を検討するに値しない。
さらに、実験方法としてみるに、原告の実験のように靴全体を丸ごと試験体として使用する場合には、シート状部のみならず、甲皮や、中敷等の屈曲性も実験結果に影響することになる。たとえば、甲皮の材質、皮の部位、仕上げ程度等は、すべて屈曲性に大きな影響を与える。したがって、少なくとも、こうしたデータを詳細に特定しなければ、有意義な実験結果は得られるはずがない。
その他、実験の方法も適当とはいえない。
<4> 原告は、さらに追試を行ったとして甲第8号証を提出するが、これについても試験対象体、試験方法ともに同様の問題があり、これをもって、本件考案の薄シート状部の奏する作用効果を否定することはできない。
(2) 取消事由2(引用例1記載の技術内容の誤認)について
引用例1記載の図を検討するに、2重底であり、その踵部では、ポリウレタンアウトソールが明らかにミッドソールの外側全体を覆っている。踵部におけるアウトソール立上り部分は、そのまま甲皮と直接に接しており、ミッドソール部分が甲皮とアウトソールの間から突出する構成は示されていない。すなわち、原告が主張する、ミッドソールがアウトソールの上周縁部より上方に突出してなる「突出部分」は存在しないのである。
ただ、引用例1記載の図の踵部では、アウトソール自体が甲皮と接する箇所で、太い縄状に盛り上がった構造となっているが、この部分は、アウトソール部であり、本件考案のようにミッドソール部ではない。また、この太縄状盛り上がり部が薄シート状でないことも明らかである。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証の1(平成1年実用新案出願公告第44084号公報)、同号証の2(平成4年2月24日登録実用新案審判請求公告、以下同書面中の明細書を「訂正明細書」という。)によれば、本願明細書には、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本件考案は、ポリウレタン2重底の安全靴に関する。
(訂正明細書1頁右下欄5行、6行)
(2) 従来のゴム底及びポリウレタン底の安全靴の踵部には木材質が埋設されていた。このように木材質が入るとポリウレタン等の素材の節約にはなるが、踵にクッション性がなくなり、作業中に踵に衝撃が与えられることが多くなり、踵の骨を損傷する等の欠点があった。
従来も2層のスポンジゴム層、2層の発泡ポリウレタン底よりなる履物底または靴の提案はされていた。しかしながら、前者は、軟硬2層のスポンジゴム底を示すにとどまり、踵部の大部分を軟質のスポンジゴム底とした等の記載は何もなく、後者も、踵部の大部分を軟質の高い発泡率のポリウレタンで構成したという記載は何もなく、両者とも踵の骨の損傷を防止することはできないものであったし、いずれも安全靴ではなかった。(同1頁右下欄8行ないし2頁左欄23行)
(3) 本件考案は、踵の骨の損傷防止を目的とした安全靴を提供しようとするもので、このため、実用新案登録請求の範囲(同1頁左下欄4行ないし右下欄2行)記載の構成を採用した。(同2頁左欄24行、25行)
(4) 本件考案は、表底の外面を低い発泡率のポリウレタン底で形成したので、適度なクッション性を存しながら適度な硬さを有し、丈夫で滑止め、耐磨耗性、踏抜き防止の効果がある。
また、その内側の中底までの空間には高い発泡率のポリウレタンを充填して一体に構成してあるため、高い発泡率のポリウレタンが、下面の低い発泡率のポリウレタンと上面の中底及び甲皮の下部周縁に同時に接合されることになって製造能率が良く、また接着剤で接着する場合のように接着剤が縁部からはみ出ることもなく、さらにこの内側のポリウレタンは柔らかく、クッション性に富むと共に、軽く、歩行の際の感触がよい。
また、他の靴底部の厚さより一段と厚く構成された踵部の大部分を高い発泡率のポリウレタンで構成したので、強く踵を踏みつけた場合等においても、踵の骨を損傷する等の欠点が全くない。
さらに、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる、高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してあり、この被覆部材は薄いシート状のため、被覆部材が厚い場合に比べて、歩行の際の抵抗が小さく靴底が容易に曲がり、このような被覆部材があっても歩行の障害とはならず、また、甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離防止効果を有し、かつ甲皮の下部周縁からの水の侵入防止を図ることができる。
したがって、本件考案によると、軽量で、歩行の際のクッション性がよく、従来の安全靴とは感覚の全く異なる安全靴とすることができる。(同2頁右欄25行ないし3頁右欄2行)
2 次に、原告主張の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1(作用効果の認定の誤り)について
前記審決の理由の要点によれば、審決は、本件考案は、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなることを考案の構成に欠くことができない事項の一部として具備していることにより、被覆部材が厚い場合に比べて、歩行の際の抵抗が小さく靴底が容易に曲がり、このような被覆部材があっても歩行の障害とはならず、また甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が防止でき、かつ甲皮の下部周縁からの水の進入防止を図ることができるという作用効果を奏する旨認定したものであり、本願明細書には、審決認定と同趣旨の記載があることは、前示1(4)認定のとおりである。
原告は、本件考案における前記「薄シート状部」は、審決認定の作用効果を奏するものではないから、本件考案がこのような作用効果を奏することを理由として本件考案の進歩性を認めた審決の認定判断は誤りである旨主張する。
まず、本件考案における「薄シート状部」の技術的意義について検討すると、「薄シート状部」は、「甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなる」ものであることは、その実用新案登録請求の範囲の記載から明らかであるが、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には薄シート状部を定義した記載が見当たらず、またどの程度の厚さを意味するかについても明らかでない。
しかしながら、本件考案の別紙図面には、安全靴の両側面の外観、正面の断面等を表したものは存しないが、別紙図面1は、安全靴の断面側面図であり、靴のもつ通常の構成からみて、当業者であれば、この図面に表された薄シート状部は安全靴の踵部及び爪先部から両側面の周方向の長さにわたって形成されていると理解される。そして、シートとは、通常「薄紙や紙などの一枚」あるいは「薄い紙、板、布」を意味することは社会一般に知れている事実であり、当業者は、本件考案における「薄シート状部」は「極めて薄手の平たい構成物」と理解するものと認められ、その範囲、概念はその記載から十分にこれを理解することができるというべきである。
<1> そこで、「薄シート状部」は、審決認定の作用効果を奏するものであるかについて、順次検討する。
イ、靴底の屈曲を容易にする効果について
靴の甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成してなる構成物で被覆する場合、その構成物が厚手のものよりは、薄手のものの方が靴底の屈曲性が向上することは、被告の主張するように技術的にみて自明である。
しかしながら、ここで対比すべき作用効果は、薄シート状部を備えた本件考案のような構成と、これを備えていない構成のもの(引用例1ないし4記載の発明、技術)との作用効果上の対比であって、単に前記構造物が厚手である場合と薄手である場合の対比の問題ではない。そして、薄シート状部を設けたからといって、これがために靴底の屈曲性が向上することを認めるに足りる証拠は存しないし、技術的にみても、ポリウレタン底の上周縁部より上方に突出して薄シート状部を形成したからといって、靴底の屈曲性が向上するとは到底いえない。
したがって、薄シート状部の構成を備えたことによっては、審決認定の靴底の屈曲を容易にする作用効果を奏するものと認めることはできない。
ロ、剥離防止効果及び水の侵入防止効果について
前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、「その内側の中底までの空間には高い発泡率のポリウレタンを充填して一体に構成してあるため、高い発泡率のポリウレタンが、下面の低い発泡率のポリウレタンと上面の中底及び甲皮の下部周縁に同時に接合されることになつて」(2頁右欄29行ないし34行)と記載されていることが認められ、この記載によると、低い発泡率のポリウレタンである「ポリウレタン底」と「甲皮」とは、「高い発泡率のポリウレタン」を介して接合されるものであり、この場合、接合面は「ポリウレタン底」と「高い発泡率のポリウレタン部」、並びに「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」の2面が存することになる。
そこで、「甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部」の有無の観点から検討すると、「ポリウレタン底」と「高い発泡率のポリウレタン部」との接合面は、「薄シート状部」の有無により影響を受けないが、「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」の接合面は、その有無により接合強度に差異を生じる。すなわち、「薄シート状部」は、「ポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる」ものであるから、「薄シート状部」があれば、これがない場合に比べて「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」の接合面が広範囲に及ぶことになり、接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明であるから、その結果、「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」との剥離は生じ難くなるということができる。
したがって、本件考案は、「薄シート状部」の構成を備えることにより、「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」及び「ポリウレタン底」の3者は緊密に接合されるという作用効果を奏するものであり、その結果、「剥離防止効果」が高まり、その当然の帰結として「水の侵入防止効果」を奏することが明らかである。
原告は、「アウトソール上周縁との接着性は、成形工程上、金型の離型剤の影響があり、また、甲皮下部周縁との接着性は、ポリウレタンと甲皮材との相性の影響がある」、「甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が生じるのは、厚手の構成物の保形力だけが原因ではなく、甲皮の下部周縁とポリウレタン底との接着力が保形力より低い場合に生じる。保形力がきわめて弱くても、接着力が低いと、剥離は当然生じる。つまり、薄シート状の立上り部分の構造物の靴が剥離防止効果を生じているのではない」と主張するが、「薄シー野状部」が設けられることにより「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」との接合強度が高まることは前述のとおりであるから、原告の主張は理由がない。
また、原告は、「長時間使用した場合は、ポリウレタンの薄シート状では薄くなればなるほど、経時変化(加水分解)によって薄シートの殆どが劣化することになるため、剥離強さの低下が早まり、より剥離し易くなり、したがって、長時間使用した場合では、薄シート状部の靴の方が、早期に剥離し、水の侵入が早まってくる」と主張する。しかしながら、たとえ薄シート状部よりも厚手のものの方が経時変化による劣化が少ないとしても、このようなシート状部を備えた本件考案における水侵入防止効果がこれを設けていない引用例1ないし4記載の発明、技術に比してより優れていることは明らかである。
<2> 原告は、薄シート状部の作用効果について確認のための実験結果を甲第7号証として提出しているので、これについて検討する。
まず、実験対象とした試料についてみるに、成立に争いのない甲第7号証(原告会社技術開発課牧野健一作成の平成6年11月5日付け「薄シート状効果の確認」と題する書面)によれば、この実験において、「薄シート状の靴」とは、「銀付なめし牛皮」、「人工皮革」のものと共に、「薄シート状でない靴」のミッドソール部分の上方を削って、立上り部分の高さを3ないし4mm、厚さを3mm程度の構造物としたものであることが認められる。しかしながら、本件考案における薄シート状部は、安全靴の踵部及び爪先部から両側面の周方向の長さにわたって形成されていると理解されること前述のとおりであるところ、上記実験に用いた靴は、単にミッドソールの一部を削って段差を付けたのみであって、全体が薄シート状になっていないから、これをもって本件考案に係る「高い発泡率のポリウレタン」で「甲皮の下部周縁と、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部」とは、その構成を同じくするものとはいえないから、試料として適切なものと認めることはできない。
さらに、実験方法について、前掲甲第7号証をみるに、剥離防止効果については、「薄シート状でない靴」について、ポリウレタン底6とポリウレタン7とを鰐口状に剥離させており、「薄シート状の靴」について、甲皮下部周縁1a、中底2とポリウレタン7とを鰐口状に剥離させており、両者は同一部位についての実験ではない。そめうえ、本件考案は、甲皮1と薄シート状部7aとの剥離を防止するものであるにもかかわらず、「薄シート状でない靴」では、ポリウレタン底6とポリウレタン7とを鰐口状に剥離しているもので、実験部位が適切でなく、また、「薄シート状の靴」では、甲皮下部周縁1a、中底2とポリウレタン7とを鰐口状に剥離させているが、このような実験では、薄シート状部の剥離抵抗以上に、ポリウレタン底6とポリウレタン7と甲皮下部周縁1aと中底2の各構成物相互の剥離抵抗が大きな影響を与えることになるので、薄シート状部の剥離実験として適切ではないというべきである。
このような理由から、原告の提出した前示実験結果により、本件考案の作用効果を否定することはできないというべきである。
<3> さらに、原告は、薄シート状部の作用効果の確認のための追加実験結果を甲第8号証として提出しているので、この点について検討する。
成立に争いのない甲第8号証(原告会社技術開発課牧野健一作成の平成7年4月13日付け「薄シート状効果の確認(Ⅱ)」と題する書面)によれば、この実験は、実験対象の試料を、「薄シート状でない靴」は従来どおりのものを、「薄シート状の靴」は、「薄シート状でない靴」のミッドソール部分の上方を削って、立上り部分の高さを3ないし4mm、厚さを2mmのものと1mmのものとして、前示<2>と同様に実験を行ったことが認められる。
しかしながら、厚さをこのようにしたとしても、前示<2>と同じ理由で、やはりこの靴が、本件考案に係る「薄シート状部」の靴と構成を同じくするものとはいえないから、試料として適切なものということはできない。
したがって、この実験結果によっても、前示<1>認定の本件考案についての作用効果の判断を左右することはできないというべきである。
<4> このように、原告の作用効果の認定の誤りについての主張は、採用することができない。
また、原告は、仮に、本件考案が原告主張のような作用効果を奏するとしても、薄シート状部の作用効果は、引用例1記載の技術が示す「ミッドソールがアウトソールの上周縁部より上方に突出する格好で靴底の下部周縁を覆っている部分」の作用効果と全く同じであるから、本件考案は、引用例1ないし4記載の発明及び技術からきわめて容易に推考できたものである旨主張する。
しかしながら、引用例1記載の靴の図についての判断に誤りがないことは、後記(2)認定のとおりであり、他に成立に争いのない甲第3号証によって引用例1記載の靴の写真をみても、本件考案のような薄シート状部が示されていると認めることはできないから、審決のした容易推考性の判断を誤りであるとすることはできない。
(2) 取消事由2(引用例1記載の技術内容の誤認)について
<1> 原告は、「引用例1記載の靴の図(別紙図面2参照)には、確かに踵部におけるアウトソール立上り部分がそのまま甲皮と直接接し、ミッドソール部分が甲皮とアウトソール間から突出する構成が示されていないようにみえるが、これは印刷上の誤りであり、実際はミッドソール部分が甲皮とアウトソール間から突出しているのである」旨主張し、「アウトソール立上り部分が、そのまま甲皮と直接に接して形成することは、現在行われている2重底靴の成形方法としては全く考えられないことからも明らかである」、あるいは「引用例1記載の図が印刷の誤りであることは、その図の下の靴の写真をみると、ポリウレタンミッドソールの部材が表底踵の上部にも表れていることからも明らかであるし、引用例1記載の靴と同じ靴の分解写真が掲載されている「セイフティダイジェスト」、同じ靴をカラー写真で示した原告代理店の広告チラシ(甲第9号証の2)からも明らかであり、引用例1記載の図面のどこが誤って印刷されたのか等の理由について報告書(甲第10号証)がある」旨主張する。
しかしながら、実用新案登録無効請求に係る審決取消訴訟においては、専ら当該審判手続において、現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるものであり、その意味において、本件訴訟において審理の対象となるのは、引用例1ないし4(本訴甲第3ないし6号証)記載の発明、技術に基づいて本件考案はきわめて容易に考案することができたといえるにあるから、引用例1についていえば、本訴甲第3号証の記載内容からその技術的事項を認定判断すべきである。
もっとも、当該引用例の記載事項に不明確な点があり、これを明確にするために補充的な資料を書証として提出し、当該引用例の記載事項を認定判断することは差し支えないが、当該引用例の記載事項に基づきその技術事項を認定するために何らの妨げもないのに、審判手続において提出されなかった他の資料に基づいてその記載と異なった認定をすることは、審決取消訴訟における前記審理範囲を逸脱し、許されないというべきである。
これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例1には審決の理由の要点(3)認定のとおりの技術事項が記載されていることは明らかであり(原告もこの点は争っていない。)、これが印刷上の誤りであるとして引用例1の記載と異なった主張をして、審判手続で提出しなかった資料(弁論の全趣旨に徴し、甲第9号証の2及び甲第10号証は審判手続で提出しなかった資料であると認められる。)に基づいてこれを立証することは、前記審理範囲を逸脱し許されないというべきである。
なお、原告は、引用例1記載の図の下の写真をみれば、ポリウレタンミッドソールの部材が表底踵の上部にも表れていることが明らかであるとするが、前掲甲第3号証によれば、仮に、その写真から、ミッドソール部分が表底踵の上部に表れているとみるとしても、その踵部では、アウトソールが甲皮と接する箇所で、ミッドソールが太い縄状になっているものと認められ、この部分が薄シート状になっているとは認められないから、薄シート状の存在を認めなかった審決の認定を誤りとすることもできない。また、原告は、アウトソール立上り部分が、そのまま甲皮と直接に接するように形成することは、現在行われている2重底靴の成形方法としては全く考えられない旨主張するが、原告の主張するように他の接着方法がないわけではなく、また、甲皮とアウトソールをミッドソール用のポリウレタンを凝固させることにより接着させるとしても、薄シート状を構成しないような成形方法も考えられるわけであって、これをもって審決が引用例1記載の図について認定した事項について誤りがあるとまでいうことはできない。
<2> したがって、引用例1記載の技術内容の誤認についての原告の主張は、採用することができない。
3 以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
第3 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)
別紙図面1
1…甲皮 1a…下部周縁 2…中底 3…先芯 4…裏布 5…表底 6…低い発泡率のポリウレタン底 6a…覆部 6b…上周縁部 7…高い発泡率のポリウレタン 7a…薄シート状部 8…踵部
<省略>
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
5…アッパー 26…上部底 27…下部底
<省略>
別紙図面4
1…スポンヂゴム層 2…独立気泡 3…連続気泡 4…充実ゴム層
<省略>
別紙図面5
<省略>